静岡地方裁判所 昭和48年(行ウ)3号 判決 1978年12月01日
原告 山崎喜一 ほか六二名
被告 静岡県知事
代理人 持本健司 桜井卓哉 笹木岩男 山中静雄 ほか四名
主文
本件訴をいずれも却下する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告が、昭和四七年一一月七日、静岡県告示第八六八号をもつてなした静岡都市計画道路中二等大路第二類第一〇号広野大谷海岸線外八路線を変更し、一等大路第三類第三号海岸幹線外一路線を追加した決定中、同海岸幹線のうち、二等大路第一類第一〇号静岡下島線取付口以西の部分の決定は、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決を求める。
二 被告
1 本案前の申立
主文同旨の判決
2 本案に対する申立
(一) 原告らの請求をいずれも棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 被告は、都市計画法二一条一項、二〇条一項の規定に基づき、昭和四七年一一月七日、請求の趣旨第一項記載の決定(以下「本件決定」という。)をなし、同日静岡県公報をもつて告示した。
2 原告らは、本件決定における静岡都市計画道路海岸幹線(以下「海岸幹線」又は「本件道路」という。)の予定敷地内ないしはその付近の土地又は建物につき所有権、賃借権等の権利を有するものである。
3 本件決定の違法性
(一) 本件決定がなされるまでの経緯
(1) 広野大谷海岸線の策定
静岡市は、増大する広域交通、区域内交通に対処するため、昭和二六年四月一一日、幅員二〇メートルの静岡都市計画道路広野大谷海岸線(以下「広野大谷海岸線」という。)を静岡市中島、西島地区へ設置する旨決定し(昭和三六年七月七日、幅員を一六メートルに縮小変更)、昭和四五年三月、静岡市第二次総合開発計画において、その事業化を明定して、同年八月一日付「広報しづおか」(新都市計画特集号)の都市計画図で全静岡市民に明らかにした。
(2) 原告らの転住
原告らは、中島、西島地区には、広野大谷海岸線以外には計画路線がないことを静岡市当局、不動産業者等に確認したうえ、同路線をはずれた土地へ転住してきた。
(3) 計画路線の変更
静岡市は、昭和四五年一〇月二九日、中島、西島地区住民に対し、広野大谷海岸線を北へずらして静岡都市計画道路広野大谷線(以下「広野大谷線」という。)として、新たにこれに平行して南へ海岸幹線を新設する案を提示し、その後被告が本件決定をなした。
(二) 実体上の違法性
(1) 環境の破壊
本件中島、西島地区は、南に大浜公園と駿河湾を擁し、海辺地帯は、空気、イオン、紫外線、沃土などの健康エネルギーに恵まれ、且つ、臨海工業地帯化されずにいるため、理想的な住宅地域ということができる。原告らもこれらの諸条件を見越して右地区へ転住してきたものである。しかるに、海岸幹線広野大谷線が完成すれば、これらの環境は一夜にして破壊されてしまう。
(ア) 騒音公害
海岸幹線は、通過交通を主とするいわゆる産業道路であり、昭和六〇年の一日総通過量は四八、〇〇〇台と見込まれており、これによる騒音は、国の環境基準、騒音規制法の基準をはるかに上まわることが明らかである。深夜のエンジン音、排気音、タイヤ音は、神経を疲労させ、安眠を阻害し、不眠症を続発することになる。
(イ) 排気ガス公害
海岸幹線、広野大谷線は、単独で新設されるわけではなく、南北に通ずる大浜街道線、駒形中島線などと合設されるため、中島、西島地区は、これらの道路により約五〇〇メートル四方を囲まれるような形となり、交差点の自動車の発着、通過に伴う大量の排気ガスのたまり場になること必至である。従つて、のどの痛み、頭痛、高血圧、胃病、ゼンソク等の多発も目にみえている。
(ウ) 教育環境破壊
本件道路の建設により、静岡市立中島小学校は四方を幹線道路に囲まれ、通学の危険はもちろん前記のごとく、騒音、排気ガスの大気汚染による教育環境の破壊も目にみえている。このことは、近接する若草保育園、朝鮮人学校にしても同様である。
(エ) 死傷事故の危険
交通量が多く、且つ、幅員の広い道路は、運転者の速度感覚を麻痺させるのが通例であり、そのため死傷事故が起こり易い。海岸幹線、広野大谷線の開通は、住民の生命、身体の危険にかかわるのである。
(オ) 以上述べたように、海岸幹線、広野大谷線は、交通公害、環境破壊をもたらし、原告らの有する環境権、人格権を侵害するものであり、且つ、これに対する積極的対策をもたないから、都市計画法一条、二条、一三条二項に違反する。
(2) 海岸幹線の道路構造上の不合理性
海岸幹線は、昭和六〇年に一日四八、〇〇〇台の車両を消化しようとする大幹線通過交通路であるから、その線形は直線又はゆるやかなカーブであるべきところ、海岸幹線は、中島地区のわずか五〇〇メートルたらずの区間で二屈折するものであり、これは車の流れを渋滞させ、かえつて幹線としての有用性を失わしめるものであるから、敷設の合理性を有しない。従つて、海岸幹線は、都市計画法二条にいう機能的な都市活動を確保するものではなく、同条に違反する。
(三) 手続上の違法性
(1) 公聴会の不開催
海岸幹線、広野大谷線案は、静岡都市計画道路新設、拡幅二八路線の一環として策定されたものであり、道路網の全体的な再検討をする場合にあたるから、公聴会を開催するなど、住民の意見反映のために必要な措置を講ずべきところ、静岡県・市当局は右案策定にあたり、何ら事前の公聴会等の措置をとらなかつた。これは、都市計画法一六条を新設した新都市計画法にもとるものである。
(2) 静岡市長の住民無視、公約不履行と市都市計画審議会の強行採決
静岡市長荻野準平は、昭和四七年二月二二日、海岸幹線、広野大谷線案について、住民の意見を尊重する。公害の予測を調査し、対策をたてない限り決定しない等の公約をなしたがこれを履行せず、又、静岡市都市計画審議会は、昭和四七年六月二二日、野党委員三名の会場入場を拒否して、右案の計画決定の決議を強行したものであり、右公約不履行、市都市計画審議会強行採決は、新都市計画法に違反するものである。
(3) 変更権の濫用
本来、都市計画は長期的展望にたつて策定し、軽々にこれを変更すべきでないところ、静岡市は、昭和四五年三月に広野大谷海岸線の事業化決定をした矢先の同年一〇月二九日、突如として海岸幹線、広野大谷線案の提示をなし、且つ、被告は、広野大谷海岸線以外には計画路線がないとの当局の言明を信じて中島、西島地区へ転住してきた原告ら住民の意思を無視して二年後の昭和四七年一一月七日、右案の決定を強行したものであり、これは都市計画法二一条の変更権の濫用であり、違法である。
4 よつて、原告らは被告に対し、本件決定の取消を求める。
二 被告の本案前の申立の理由
1 本件決定は抗告訴訟の対象となるべき行政処分ではないから、原告らの本件訴は不適法である。
都市計画決定は、都市の未来像についての青写真的な一般的抽象的定めにすぎず、本件道路のような都市施設に関する定めも直ちに具体的な事業の実施を前提とするものではない。従つて、都市計画決定はいわゆる一般処分であり、規範の設定のごとき性質を有するものであるから、原則として抗告訴訟の対象となるべき行政処分にはあたらないというべきであり、このことは本件都市計画道路の変更決定についても同様である。
ところで、一般処分であつても、それが特定個人の具体的な権利利益に影響を与える場合には抗告訴訟の対象となるべき行政処分性が肯定されるところ、本件変更決定においては、告示がなされることにより、都市計画法上本件変更にかかる都市計画道路の区域内において都市計画制限が課せられ、当該区域内において建築物を建築するためには知事の許可が必要とされることになるが、これは、将来の都市計画事業の遂行に対する障害の発生を除去するため、法により都市計画決定に付加された付随的な効力にすぎずこれをもつて直ちに特定個人の具体的権利利益が侵害されたとみることは困難である。
又、本件決定に後続する手続が進み、原告ら所有の土地建物の収用、移転、除却等の個々の処分が行なわれた場合、具体的権利侵害を生ずることはありうるが、その段階においての出訴を認めることにより、原告らの救済の目的は十分に達成されるのであり、都市計画決定のなされたにすぎない現段階においては、未だ個人の具体的な権利利益の制限に対する救済のための争訟の成熟性ないし具体的事件性を欠くものである。
2 原告らは本訴につき原告適格を有しない。
行政処分の取消訴訟において原告となりうる者は、当該処分のもたらす法的効果に起因して具体的個人的利益を害されるものに限られるべきであり、本件決定による法的効果とは都市計画道路の区域内における建築物の建築制限であるところ、原告らのうち、本件決定にかかる都市計画道路の区域内に居住していない原告については、本件決定により自己の権利利益に何らの不利益も受けないのであるから、本訴における原告適格を有しないものであり、又右区域内に居住する原告についても、右建築制限は本件決定の告示により直ちに発生するものではなく、原告らが将来なす任意の行為如何にかかるものであるうえ、右制限が現実に課されるか否か自体不確実なものであり、このように原告らが本件決定によりその利益を害される現実性が乏しい場合、右原告らは未だ本件決定により自己の権利利益を侵されたものということはできず、結局右原告らも本訴における原告適格を欠くものである。
三 本案前の申立に対する反論
本案前の申立の理由の主張は争う。本件決定は、抗告訴訟の対象となる行政処分であり、又、原告らはいずれも原告適格を有するものである。
本件決定が告示されると、都市計画法五三条により、都市計画道路区域内に居住する者は、知事の許可がなければ建築をなしえず、しかも、同法五四条所定の許可基準に反する建物については許可が与えられないのであるから、本件決定は、個人の土地利用権に対し、具体的な侵害を及ぼすものであり、又、本件道路により、原告らは、騒音、排気ガス等による諸被害を蒙り、その環境権、人格権を侵害されるところ、本件決定がなされると、以後計画がそのまま機械的に実施される公算が極めて大きいから、原告らが、建築行為等につき不許可処分を受ける等の段階まで拱手傍観しなければならないとするのは出訴権の不当な制限である。
四 請求原因に対する認容
1 請求原因1、2項の事実は認める。
2 同3項の(一)の(1)の事実は、広野大谷海岸線が第二次総合開発計画においてその事業化が明定されたとの点を除き認め、同(一)の(2)の事実は不知、同(一)の(3)の事実は認める。
3 同3項の(二)の事実中、中島、西島地区が原告らの主張するような住宅地域であることは認め、その余は争う。
4 同3項の(三)の(1)の事実中、静岡県、市当局は何ら事前の公聴会等の措置をとらなかつたとの点は否認し、その余は認める。同(三)の(2)の事実中、昭和四七年六月二二日、静岡市都市計画審議会が計画決定を決議したことは認め、その余は不知。同(三)の(3)の主張は争う。
第三証拠 <略>
理由
一 被告が昭和四七年一一月七日本件決定をなし、同日その告示をなしたことは、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件決定が抗告訴訟の対象となる行政処分であるか否かを判断する。
一般に行政処分に対する抗告訴訟において対象となり得る処分は、これにより直ちに私人に対し特定且つ具体的権利の侵害ないし制約を生ぜしめるものでなければならないところ、原告らがその取消しを求める本件都市計画道路変更決定は、都市計画道路の路線変更決定であり、それは都市計画の内容の一部変更になるものであるが、このような都市施設に関する都市計画決定及びその変更決定は、直接特定の個人に向けられた具体的処分ではなく、爾後都市計画事業の認可、右事業のための土地等の収用等、一連の手続を予定する都市計画事業の基礎を定める一般的抽象的決定にすぎず、これによつて、原告らの有する権利に直ちに具体的な変動を及ぼすものではない。なお、右のような都市計画決定といえども、それが告示されると都市計画施設の区域内において建築物を建築しようとする者は、都道府県知事の許可を要するという制約を受けるが、これは、都市計画の決定自体の効果として発生する権利制限とはいえないうえ、右制限の存在により直ちにその地域内の土地・建物の所有者等の権利に具体的変動を及ぼすものとは解しえない。従つて、都市計画の決定は、直接特定の個人に向けられた具体的な処分ではなく、又、施行区域内の土地・建物の所有者等の有する権利に対し、直ちに具体的な変動を与える行政処分ではないといわなければならない。更に、施行区域内における建築物の新築・増築等について不許可処分がなされた場合には都市計画決定の瑕疵を主張して、右の不許可処分の効力を争うことができ、これによつて、具体的な権利の侵害に対する救済の目的は十分に達成することができるのであるから、直接それに基づく具体的な権利変動の生じない都市計画決定・告示のなされたにすぎない現段階では、未だ訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くものと言うべきである。又、原告らは、本件道路の建設により、騒音・排気ガス等による諸被害を蒙り、原告らの有する環境権、人格権が侵害される旨主張するが、まず環境権については、これを認むべき実定法上の根拠はなく、その内容の漠然としていること、それを享有し得べき者の範囲の限定し難いこと等に照らし、環境権なるものを法的権利性を有するものとして承認することは困難であり、又、人格権の侵害については、それが都市計画の決定・告知の段階で生ずるものでないことは明らかであるから、これにより原告らに直ちに具体的権利の侵害があるものとはいえず、更に、その救済は、本件都市計画決定に基づく都市計画事業が進行し、本件道路の建設、そしてそれによる人格権の侵害がより具体性を有するに至つた段階ではかられるべきものであり、その具体性に欠ける現段階においては、この点においても、訴訟事件としてとりあげるに足るだけの事件の成熟性を欠くと言うべきである。
以上の理由により、都市計画法二一条一項による本件都市計画道路変更決定は、抗告訴訟の対象とはならないものと解すべきである。
三 よつて、本件各訴は、その余の点について判断するまでもなく不適法であるから、いずれもこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松岡登 紙浦健二 松丸伸一郎)